ケアマネニュース10

入れ歯の話

8020運動を知らない方はいないと思います。
そう、「80歳で20本の歯を残そう!」という目標です。例えば、前歯2本、犬歯1本、小臼歯2本が上下左右で20本となりますね。では、大臼歯はいらないの?決してそんなことはありません。試しに、奥歯をかみしめずに、片足立ちでバランスをとったり、握力を測定してみてください。その大切さが理解できると思います。車の急ブレーキの踏み込みも、奥歯がないと遅れると言われています。利用者さんでしたら、バランスを崩して転倒しやすくなったり、腹筋に力が入りにくくなります。入れ歯でもいいですから、20本ではなく、28本を目指してほしいと思います。

さて、じゃ入れ歯を作って入れようとしたとします。一回でドンピシャ!「こりゃいい、よく噛める。」とはいかないのです。入れ歯を作った患者さんにとって大変なのは、入れ歯の調整です。調整は入れ歯を少しずつ削り様子を見ながら進めるために、日数がかかる場合が多いのです。運よく1,2回で適合する場合もありますが、10回以上の調整が必要となることもあります。この事態について患者さんの理解が得られなかったり、あるいはご家族にとって負担となったりする場合には、調整が途中で放棄されてしまうことがあります。そうなると、患者さんは入れ歯を快適に使用することができず、食事や会話に不自由を強いられる結果になるのです。歯科医師と患者さんの間に立つ歯科衛生士は、このような状況について丁寧に説明するのですが、患者さんのイライラは爆発することもあります。時には、先生には「大丈夫です。」と言いながら使用しないという選択をなさる方もいます。そうなると、先生の方もせっかく一生懸命調整しているのに・・・・と。

訪問歯科衛生士はこのような場合、患者さんは勿論、ご家族、施設のスタッフ、先生の間に入って説明することになります。理解が得られなければ、何度も何度もお話しさせていただいています。患者さんも辛いですが、歯科衛生士も根気がいるのです。

私が出会った患者さんは、次々に歯科医院を変わり、なんと7個の入れ歯を持っている方がいました。幸い7個目の入れ歯とは相性が良かったようです。7件目の歯科医院がよかったということもありますが、長きにわたって、入れ歯を入れるということに慣れたという面もあると思います。口の中は、体の中で最も神経の数の多いところです。ですから、口の中に1㎝の髪の毛が入っても耐えられません。そんな口腔に入れ歯を入れて、使いこなしていくためには、慣れて馴染むまでの時間が必要なのです。

患者さんに入れ歯の調整について説明するとき、私はよく「眼鏡と義足」のお話をさせて頂きます。眼鏡はかけるとすぐによく見えます。(それでも定期的にフレームの微調整は必要です)が、入れ歯の場合はそうではなく、義足をイメージしていただきます。義足をはじめて使う場合、まず訓練を目的とした「仮義足」と呼ばれるものでリハビリします。その後、「本義足」を作り、調整しつつ使い慣れていくのです。パラリンピックでのパフォーマンスを可能にするためには、さらに特殊な義足を装着し、長きにわたりご本人と、義肢装具士の並々ならぬ努力で可能になるのだと想像できます。入れ歯は「義歯」とも言いますが、眼鏡ではなく「義」がつく義足の仲間なのです。

歯のおもちゃ

ところで、認知症が進むと、入れ歯を新しくしても使用率が低いという研究報告があります。主に3つの理由が挙げられます。

①新しい義歯への順応が難しい

②意思疎通困難なため、十分な義歯調整ができない

③義歯なしで柔食が摂食できると、装着の必要性が少なくなっている

上記のような患者さんのご家族が、何とか入れ歯を装着してしっかり食べて元気になってもらいたいと思っている場合、ご理解いただくのも辛いものがあります。伊東歯科口腔病院の廣瀬知二歯科医師は、入れ歯を新しく製作する場合に次の3点の確認をするそうです。

①患者さん自身が義歯の必要性を理解している

②介護環境を含めて義歯の管理(衛生状態・誤嚥や紛失防止)は確保される。

③義歯の装着経験がある。

さて、高齢の認知症の利用者さんの食事介助における相談で、次のようなことを言われることがあります。「最近、スプーンを噛んでしまうんです。」口腔ケアの相談では、「奥歯に歯ブラシが当たると、カミカミするんです。」とか、「口腔ウエットティシュを指に巻いて拭こうとすると、強くチュウチュウ吸ってくるんです。」ということも耳にします。これらは、口腔に関連した原始反射だと考えられます。

原始反射とは、乳児期に見られ成長とともにだんだん消えていく、刺激に対して意識とは無関係に起こる筋肉の反応です。口の周りに何かが触れると反射的に吸うのが、おっぱいを飲むために起こる吸啜反射です。下顎臼歯部に何か触れると、噛むような動きをするのが咬反射と呼ばれるものです。これらは、脳血管疾患や認知症による脳のコントロール機能低下により口腔に再出現する、代表的な原始反射です。

利用者さんにこのような口腔に関連した原始反射の再出現が見られるようになると、義肢を使うことが難しくなります。赤ちゃんの卒乳の考え方を模すれば、「卒義歯」と捉えることができるのではないでしょうか。ただし卒義歯は、決して口から食べることができないという意味ではありません。食事形態の適切な選択や、食事介助の工夫でお口から食べて頂くことはできるのです。

今回をもって私のお話は最後となります。原稿を掲載する機会を頂けたことを感謝しております。ありがとうございました。

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