口呼吸予防のために赤ちゃんから


歯科衛生士として気になっていることに、口呼吸と姿勢の悪さがあります。
赤ちゃんの時から、口腔機能向に気を配らなければならない。
赤ちゃんの口腔ケアが不可決な時代だと、感じます。

娘と孫を見ていて、歯科衛生士としてこの分野の仕事に力を入れなければと確信しました。

赤ちゃんにとって「M」と「C」は大事です。

「股関節脱臼」予防のために、足は「M字」

乳児期は、関節を繋ぐ靭帯が弱いので、股関節や膝関節を伸ばした状態にすると、
太ももの骨を押し上げる方向に力が働き、関節が外れやすくなります。
おむつのつけ方、衣服、抱き方によって股関節や膝が伸びた状態が続くと、脱臼を起こしやすくなります。

様々のことを考え、布おしめを使うことにしました。
町村先生に教わった、生後1カ月間の股関節脱臼予防のため
おしめの当て方を紹介します。

たたみ方は、三分のにしたものを二枚重ねます。

その時、縫い目側が、重ならないようにします。

写真の上下反対がなおせません、ごめんなさい。

我が家の孫は、予定日より2週間早く2700gで生まれましたが、2枚重ねです。
身体調和体操によって腹式呼吸が上手にできるようになると、
おしめはずっこけ抜けず安定します。


「おしめ」という言葉の由来は、湿りからきているようです。
丁寧に「おしめり」と言ったのではないでしょうか。
現在のような良いおむつがバーはなかったので、湿ったらすぐ取り替えたのでしょう。
赤ちゃんだけに使うのが「おしめ」で、大人や介護用は「おむつ」です。
もちろん、赤ちゃんの「おむつ」と言ってもいいのですが、せっかくの布ですから
我が家では、「おしめ」という言葉を採用(笑)

時々横から指を入れて、湿っていないか確かめかすから、
お母さんはしょっちゅう、赤ちゃんに触ることになります。
この触れ合いと、感覚の変化、体を動かすことが、この時期の発達に大切だと思います。

また、お母さんは感覚を磨け、工夫をすることで感性も育つのではないかと思います。

娘の手元にはスマートフォンがあるので、なんでも、即、情報を取り込みますが、
私の子育て中よりずっと大変そうです。

いい加減な私とは違い、理系女子だから何時に何をしたなどの記録は素晴らしいのですが、
感覚的なことが苦手なようです。
この点を説明するのは難しい。「コツ」、のようなものは体得したときに、「これか!!」と
わかるものですから。
とにかく、あせらず、いろいろ試しながら、学んでいくしかないと感じます。

歯科衛生士学校の、現代っ子の学生さんと一緒なだ~。

もし、娘が都会のマンションで親子二人きりだと、
育児ノイローゼになっても不思議はありません。

現在の日本には、こんなお母さんをサポートしてくれる人がいないのではないかと思います。
育児支援は保育園以前に、生後間もなくの親子に付き添ってくれる支援者が不可欠です。
病院から退院した後、途方にくれます・・・
誰もがやってきた育児、大変だけれど、
そこにあるかけがえのない楽しさが分からないと不幸ですね。

訪問ヘルパーや、訪問介護士さんの、赤ちゃん版があるといいのにね。

私が政治家だったら、これをやりますねー。
助産師、看護師、保育士、ベテランおばあちゃん、歯科衛生士も。
町村先生、赤ちゃんケアマネ!!の資格化如何??

また、赤ちゃんは何度もウンチをします。一般的には5~7回と言われています。
それに加え、おしっこですから、おしめは1日30~40枚使います。

そのお洗濯はお母さんの負担になるので、とりあえず私がしております。
私も私の妹も、産後は母に洗ってもらっていましたので順送り。
どうするのかわからないという方も今では多いようです。
私は「セスキ」を溶かしたつけ置きバケツを用意しました。
まとめて、ウンチの色素は、洗濯板と固形洗濯石鹸で沐浴の後のお湯で
余洗いし、水道水ですすぎ、あとは洗濯機です。

このような昭和以前の生活が、手の機能を作ってくれるような気がします。

さて、股関節脱臼に話を戻します。
「その他外的な要因」が、抱っこであることも多いようです。
赤ちゃんの抱っこで危険なのは以下のような姿勢で固定される事です。
股関節や膝関節が伸びた状態や、赤ちゃんの膝が閉じた状態です。
横抱きだっこでも、M字開脚を保つためには、
赤ちゃんの脚は「あぐら」か、足の裏どうしを合わせるとよいようです。

安定した抱っこ姿勢で、背中はCカーブ
体の硬い娘が抱っこをすると、滑らかなCカーブをスムーズとれない。
また、授乳クッションを使うと、どうしても顎が上げりやすい。
ガバッと乳輪をくわえることができず、歯科衛生士としてはとても気になります。
首だけが曲がる感じがします。
口呼吸の始まりは、この変からスタートしている・・・???

娘の身体調和体操マッサージをしながら、脱力して抱く方法を体得する練習中。

きれいなCカーブをとれると、おのずから赤ちゃんの口元は締まります。

そのグッズとして、様々なCカーブクッションが販売されていますが、
良いもの(高額という意味ではない)でないと、
これまた、かえって悪い結果をになる気がします。

しっかり口腔が閉じています。

いいクッションでも使い方が悪いと、口が開きますから注意!
また、体が硬いと(特に首、肩甲骨周り)が硬いと、口が開きやすいです。

私が調べた範囲では、町村先生のゆうクッションがよかった。
形はもちろん、弾力、赤ちゃんに合わせて形を自由に形成し、それを安定的に保持してくれる粗大だという事。年齢に合わせて、使える。うつぶせ寝のサポーターとしても使える。
家庭で洗濯も可能だし、肌触りも抜群。

夜泣きで困っている方や、保育園で抱っこしていなければ寝ない赤ちゃんにお貸したら、
皆さん、大絶賛!!なかなか返して頂けない(爆笑)

私とお付き合いの長い方はおわかりだと思いますが、
町村先生の回し者ではありません(大爆笑)

自分自身が寝るときに、首、腰に試し、運転中の姿勢補正、新幹線の移動中にも試しました。

 

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『口呼吸予防のために赤ちゃんから』 への5件のコメント

  1. 三木 絵梨香

    お孫さんを通して毎日楽しんでおられますね〜〜!
    一般社団法人ドゥーラ協会というところなどが産前産後のお母さんをサポートするシステムを取り入れていますが、まだまだ数も足りないし料金も気になる所ですよねー。
    私が息子を産んだ時はまさに親にも頼れず孤独と未知との戦いでしたから、良いアドバイスをくれるような存在は本当に有難いと思います。
    だからこそ私ももっと勉強して頑張らなきゃなと思うのであります。
    赤ちゃんは皆の宝ですからね〜!

  2. rie

    我が家の場合、産前産後と村口助産師さんに助けられました。現在も写真のやり取りなどで、サポートして頂いています。受けている助言を聞くと、知らないことばかり。情報化社会というのに、<いのち>にとって本当に必要な情報が届いてこないことが残念です。赤ちゃんを中心とした社会、障碍者を中心とした社会、弱いものを支える社会の在り方が、人間が人間である所以だとわたしは思います。
     スペインのベンポスタサーカスをしていますか?間タワーを作って挨拶するとき、大きな子供は下で土台を、小さい子供は上に引張りあげて、ピラミッド型のタワーを、歌いながら作ります。
     強いものは下に、弱い者は上に、一番上には小さい子供を!!
     世界に平和を、人々に歌を、子供たちに幸せを願います!

  3. rie

    三木様、歯科衛生士として仕事をすればするほど、やらないといけないことが見えてきます。赤ちゃんや子供たちを見ていると、どこから手を付けたらいいのか途方にくれます。でも、町村先生に出会えて、歩く方向は定まった気がします。これは、食の問題を考えた際、幕内秀夫先生に出会えた時と同じです。人間の根本的あり方としては、八木洋一先生八木誠一先生です。
    このありがたい師匠すべての話を分かりあえるあなたの存在が、私には救いです。本当にありがとうございます。
    今年中には「ナイチンゲールにおける看護思想の基礎的視座」出版できると思います。

    • 三木 絵梨香

      そうですね。
      私も幕内先生と出会ってから考えの「筋」が一本通りました。
      八木先生のお話はまだまだ難しくて全部は理解できていませんが「生きること」についてきちんと整理していける気がしています。
      そして町村先生は、これまた私の方向性も決める事が出来た大きな出会いでした。
      全て本田さんが引き合わせて下さって、本当に感謝です。

      そもそも私の心が死にかけていた頃救ってくださったのは、本田さんのナイチンゲールでしたからね。笑笑

      神様はちゃんと繋げてくれているのですね。

      • rie

        すべては<いのち>とは何かに尽きると思います。ナイチンゲール的には「いのちの法則」もちろん、客観駅な科学の法則とは違います。すべてが成り立つ統合化の法則。イエス的には、神のはたらき。仏教では仏のいのちとか、阿弥の働きですね。
        それを感じるのは、私たちの感覚!!統合感覚です!!!
        今の社会が変だとわかるのは感覚です。それを社会学者や、経済学者が後付けで研究を発表します。私たちは、その研究から世界を見て判断するのが科学思考。それでは多くのことが抜け落ちます。<いのち>は場所論的な感覚。私たちの<いのちの営み>は、<いのちの働き>と作用として一として成り立っている感覚でしょう。