人は一人で生きて行く存在ではない

丸亀地域包括支援センターからの依頼で
島の<地域歯科保健事業>に通っています。

各地区の公民館で健康相談をし、その後、在宅訪問に向かいます。

 

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在宅訪問は、人間が一人で生きることの難しさを物語っています。

「最近、食事が食べられない。」という
高齢者のお宅を訪問する保健師さんに同行しました。
もしかしたら口腔に原因があるかもしれないから、一緒に来てと言うことで・・・・

まず自治会長さん宅に行き、その方のお宅ま連れて行ってもらいました。
会長さんから、「今日の午前中、近所の方の車で診療所に行き、点滴を受けた。」という
情報をゲット。
勝手知ったる・・・裏から入って行ったのだが、
鍵がかかっており、縁に、いつもある靴がないと・・・??
どこに行ったんだろう??

近所のお店やさんを訪ねてみる。
するとお店屋さんは、即、一緒に来てくれ、
家の奥の部屋で寝ているのを発見してくれた。

一人暮らしの高齢者が、体調を崩して床についていました。

部屋の様子からは、ほとんど食事らしい食事は摂っていない。
火事の危険からでしょうか、灯油がない。
電気ストーブもなく、全く火の気のない部屋で寝ていました。
旧い家の窓はサッシでなく、隙間風が入りたい放題。
部屋の温度は、外気温と変わらぬ8度。

気丈な方で、人の迷惑をかけるまいとしてか、ヘルパーさんもいな。
何かして欲しいことはないかと伺うと、寒さしのぎに使っている
「ホカロンのゴミは、可燃ゴミか不燃ごみか教えて欲しい。」という。
私が「ごみ、出しておきますよ」と言って、
部屋のホカロンとそのビニール袋に手をかけたとたん、
「私、しますから、おいといて下さい」と、小さな声だがきっぱり告げられた。

保健師さんとの会話から、消化器系疾患が原因らしい。
口腔には、総義歯がはいっている。
ここのところ大変体が重く、4,5日入れ歯の掃除もしなかったが
今日は、病院に行くのでなんとか洗った。

この方に、一杯のスープを出せたら・・・
しかし、私がそう申し出ても受け入れないことでしょう。
もう少し、関係を深める時間が必要なのです。

さすが、強いなーと思いました。
しかし、この方は「頑張る・我慢する」力はあるが、
「助けてー」と言う力が欠けている、そんな気もしました。

反対に、「助けてー」と言う力はあるが、「頑張る・我慢する」力が欠けている
そんな方もいますね。どちらも、苦しいでしょうね。

保健師さんは、診療所の看護師さんに連絡を取り、
また、自治会長さん・近所のお店の方・道でだったご近所さんに見守りをお願いし
頭の中では、ヘルパーさんを導入する算段で一杯のうようでした。

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部屋の隅のテーブルには、乾いたごはん、ひからばったカステラ、
醤油をかけてちょっとつついた痕跡のある豆腐
お菓子の袋がありました。

ここで、歯科衛生士として何ができるか。
1杯のスープを提供する力が欲しい。
ナイチンゲールを思います。

今日は日本中大雪。私も松山の仕事に行けない。
島のあの方はどうしているだろうと、気になります。

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在宅訪問は、人間が一人で生きることの難しさを教えてくれます。
そこから、本来<人は一人で生きて行く存在ではない>ということを痛感する。

そう思えるのは、単なる自我の考えではなく、
八木誠一先生の<自己・自我>としての<自我>であり、
その<自己>とは、そもそもの<いのちの働き>。

人間の営みとは、<いのちの働き>の<いのちの営み>だなー。
一人暮らしの高齢者のもとに、人が引き寄せられていく
これが聖書の語る<愛のはたらき>ってことでしょうか。

八木洋一先生は、宗教はこころ、自我の初期化だといいます。
じゃー、今日のような物思いも、宗教的営み。

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