宮古島に行ってきました

(一社)香川県介護支援専門員協議会ニュースNo.76に、

宮古島に行ったお話を書かせていただきました。

今回、シリーズ口腔ケアの番外編を書くように仰せつかった、走る歯医者さんの後ろを歩く歯科衛生士の本田里恵と申します。歯科衛生士になって40年、そのうち30年は様々な形で訪問口腔ケアに携わってきました。現在は坂東先生の依頼を受け、患者さんの健口の為なら何をしてもいいということで自由奔放(あくまで常識と法律の範囲の中)に仕事をしております。その患者さんのお一人として、特別養護老人ホームのSさんに出会いました。うまく車椅子を操り、食事も普通食を自分で食べることのできる、カラオケが大好きな60代女性です。

宮古島出身のSさんの口腔ケアをはじめて8年になりますが、一週間に一度の口腔ケアの折に、高松に嫁ぐきっかけや、宮古島のことを話して下さっていました。高松のうどんより、ソーキそばが好きと聞いていましたので、デパートの沖縄フェステイバルでソーキそばを求めてお持ちしたこともあります。(常々医院長は、おいしく食べて頂くことが我々の目標ですから、好きなものを提供することが大事だと力説しております。)

ところが、平成29年10月、脳梗塞の再発で入院となりました。退院してきたときは、経鼻栄養のカレーテルが通され、声かけに対してコミュニケーションできない状態でした。ちょうどその頃、歯科衛生士学校の学生さんが実習に来ました。奇遇にも宮古島出身の学生さんが2人おり、施設の皆さんに、宮古島の歌と踊りを披露したのです。リクライニングの車椅子に乗せられてその場に居合わせたSさんは、閉じた目から一筋の涙を流し、手でかすかにリズムを取り始めました。そして、ゆっくり目を開きました。施設の介護福祉士さんの歓声が上がりました。目覚めたのです。その後、簡単な会話ができ、アイスクリームを少々食べることができるところまで回復してきました。

平成30年の10月、八重山民謡をBGMに口腔ケアをしながら、Sさん尋ねました。

「叶うなら、今、何がしたい?」

「宮古の家に行きたい。」

「行ってどうするん?」

「会いたいなー」

「誰に」

「兄弟に・・・でも、無理やなー」

「そしたら、私がSさんの代わりに宮古島の家に行って家族の写真を撮ってきてあげる」と、約束をしてしまいました。私と変わらぬ年齢で施設に入所したSさんの思いを、少しでも叶えたいと思ったのです。

実習生の歯科衛生士学校の先生に、宮古島に行こうと思うと伝えると、なんと先生も春休みなら同行したいとのことでした。さらにその話が、衛生士学校の沖縄担当の学生募集の先生に届き、一緒に尋ねてくれることになったのです。さらにさらにその話を聞いた地元の男性が、通訳(地元の高齢者の話は難しい)となって協力してくれました。Sさんの記憶には、宮古島の町村合併前の町名しか残っていなかったので、心強い助っ人との登場となりました。助っ人さんは、Sさんの記憶にある町の農協へ行って、そこから目的地を探すという作戦に出ました。なるほど、地元の方ならでは名案です。

ついに広々としたサトウキビ畑に囲まれた、Sさんのご実家発見。恐る恐る玄関で声をかけると、お兄さんらしき方が迎えてくれましたが、突然の見知らぬ来客にきょとんとしていました。訪問の旨を伝え、持参したSさんの写真を渡し、近況を報告しました。その後、宮古島のご家族と家の写真を撮らせていただくこともできました。

高松に帰って早速、Sさん宮古島の写真や動画(いつの間にかできていた撮影班による)を見せると、「兄貴やー」と、いつもの2倍の声が出ました。家やその周りの風景の説明も、しっかりしゃべってくれます。お土産に頼まれた宮古島の黒砂糖(宮古島産には宮古島独特の味があるそうです)を食べてもらうと、嚥下も上手!!階段を一段、いえ、二段上がったように口腔機能が向上しました。 “やりたいことをする”に勝るリハビリなしであります。

Sさんは、「ありがたいなー」というのが口癖で、愚痴を一度も聞いたことがありません。感心しながらも不思議だと思っていました。しかし、今回宮古島を見て歩き、美しい自然とゆったりした時間の流れ、なにより当地の暖かい皆さんの人柄に触れて、Sさんのことが少しわかったような気がしています。これからの口腔ケアでは、また話題が広がることと思います。

歯科医療の枠を超えて、「今、目の前の患者さんに何ができるかを考え、それを全力で行う」という自由が許された環境に感謝です。宮古島は常識の範囲を超えていると言われるかもしれませんが、たまにはいいのではないでしょうか?このようなことの積み重ねによって、きっと、常識は上書保存されていくはずです。私たち自身が要介護の当事者になったときを考えても、幸いなことです。Sさんの口腔ケアを通じて広がったやさしい皆さんとの出会いが、私の人財産となりました。機能するネットワークが紡がれていく、宝物のような経験に、合掌!

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