歯科衛生士徒然草 第九話

§第九段

「人は定説に縛られる。学問でも芸術でも、人は定説に縛られ自由を失ってしまう。定説を、「何ぞ、必ずしも」と疑う自由の精神を持ち続けたいという願いから、『何必館』と名付けました・・・」という一文は、京都現代美術館のチケットに書いてある。

そんなこと、歯科には関係ないと思う方もいらっしゃるだろう。でも、思い出してほしい。歯科衛生士も20年前はローリング法が”定説”だったではないか。今となっては、思い出すと胸がチクリと痛む出来事になってしまったが。

さて、先日私は”定説”とされていることに対して「何ぞ、必ずしも」という思いを持って研究されている先生にお会いした。彼の名は、人呼んで「定説崩し のDr.有田」。小児歯科をご専門にしていらっしゃる。彼曰く、「子どもたちの顎が小さくなっているのは噛まなくなったから。それによって歯列不正も増加 している」という現在の”定説”は、事実ではないという。現代っ子の発育は、身長・体重とともに顎も大きくなっているというのだ。歯の大きさも時代によっ て変化しているそうで、現在は大きくなった顎に収まりきらないほどに歯が大きくなり、その結果、歯列不正がおきているとのこと。にわかには信じ難いが、根 拠はきちんとあるという。

その他にも、教科書には下顎aの萌出時期は生後6ヶ月と書かれていたが、そんなに早くないという。また、一番最初に生えてくる永久歯は6歳臼歯ではないこと、母乳はう触の原因だとも言い切れないことなどをお話しいただいた。

話を聞いた当初は興味深い内容に盛り上がったのだが、一拍置いて私の心は少々暗くなってきた。「これらのことが定説となるなら、今まで私が健診などでお 話ししたことは、間違いになってしまうのか・・・」。一つ二つ、指導している場面が頭に浮かび、心が痛んだ。

定説が覆されることは、実に痛快であり開放感がある。しかし一方で、自分のこれまでの行動を振り返ると、”過去の定説”にしがみつきたくなってしまう。 でも、私たちの仕事は科学の上に成り立っているもの。定説は科学的根拠によって成り立ち、科学的根拠によって崩されるものだと心しておきたい。そう、ノー ベル賞だってそうであったように。