歯科衛生士徒然草 第十三話

§第十三段

摂食障害と聞いて何を思い浮かべますか。介護保険や訪問介護に関わる方なら、咀嚼嚥下できない障害だと答えるが、一般の方は「拒食症」とか「過食嘔吐 症」を思い浮かべると思う。拒食症はカレン・カーペンターの死や宮沢りえの姿で、過食症もエルビス・プレスリーやレディ・ダイアナの話題で世界中の注目を あびた。

これは単なる「激ヤセ・大食い」というようなものではない。この症状は精神科の話だが、近代社会が目指した豊かな時代のなれの果ての姿だと私には 思える。

かつて私は診療所で二人の摂食障害を病んでいる女性に出会った。一人は女子大生で小学校の頃から通って来ていた。高校時代の来院はなく大学生になって久 々にやって来た。口の中を覗いてびっくり。白かった歯が抗生物質の影響を受けたようにくすんでいるのだ。そして、ほとんどがむし歯で全滅。

形成を始めた先 生も「ズボズボ削れる」とあきれ顔。

「Aちゃん歯弱いから、よっぽど気つけんと早く入れ歯になるよ。夏休みは毎週リコール、そして冬休みもまたおいでよ」
と説得。2回目のリコールの時、
私:「どうしてこんなにむし歯ができたと思う?」
Aちゃん:「さ~、歯は1日3回磨いているし、フロスも使ってるよ」
私: 「まさかシンナーってことはないわよね」
Aちゃん:「あたりまえや、でもでもお酒とたばこは人並みや」
私:「一人暮らしエンジョイしてるんやね。食事ちゃ んとしとるの?」
A:「食べてる、いくらでも食べられるんで食費が大変です」

私は八とした。こんなにスマートなのにどうしてと思った。
「ひょっとして、食 べた後吐いてない?」
Aちゃん:「なんで」
私:「何となく・・・」

こんなやりとりの末、Aちゃんはレディ・ダイアナのごとく「過食嘔吐症」ということがわ かった。彼女の歯は胃酸によってエナメル質が溶けてしまっていたのだった。二人目の女性は34歳で子供のいない専業主婦。この時は歯を見てすぐにわかっ た。治療最後の日、信頼できるカウンセラーを紹介した。

口の中は、いろいろなメッセージを発している。しっかり見て観て診て看て・・・いかなくっちゃ~。目は心の窓、口は健康の窓といわれるが、口は心、身、社会の鏡でもある。